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主な産業は依然として農業であり、人口の80%以上が従事し、GDPの約40%を占める。多民族国家であり、主な民族はネウール族、グルン族、マガール族、タマン族、ライ族、リンブー族、シェルパ族など。公用語はネパール語で、人口の90%がネパール語を話すことができる。宗教は、ヒンドゥー教が86%、仏教が8%である。ジャイチの支援地域であるバシファント学校周辺や力カニ農場周辺は、タマン族が多く、宗教は仏教が多い。 |
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■成人識字率(15歳出)は、1992年の25.6%から2000年には42%まで改善されたが、まだバングラデシュ(40%)に次いで南アジアで下から2番目である。また男女の識字率の差が大変大きい(男性59%、女性24%)。
■ネパールの貧困層の割合は38%(1990−2001年)で、南アジア諸国(バングラデシュ36%、インド35%など)の中でも最低レベルにある。
■乳児死亡率は66人/1000人(2002年)で、タイの2.7倍、日本の22倍である。
■妊産婦死亡率(740/100,000)(2000年)は、南アジアで最悪である。
■HDI(HumanDevelopment Index:人間開発指標)は0.504(2002年)で世界177カ国中、下から38番目である。南アジアにおいても、パキスタン(0.497)、バングラデシュ(0.509)とともに最も人間開発指数の低い国に属している。
■一人当たりの国民総所得230ドル(2002年)は、世界で下から13番配ランクされる。
■年平均インフレ率は7%(1990−2002年)。
| 国名 |
ネパール |
バングラデシュ |
インド |
タイ |
日本 |
| 総人口 |
2460万人 |
1億4380万人 |
10億4950万人 |
6200万人 |
1億2750万人 |
| 人口増加率(年率) |
2.30% |
2.30% |
1.80% |
1.10% |
0.30% |
| 総人口に対する18歳未満人口の割合 |
47% |
45% |
39% |
31% |
18% |
| 1日1ドル以下で生活している人口 |
38% |
36% |
35% |
2% |
― |
| 1人当りの国民総所得(GNI) |
230ドル |
360ドル |
480ドル |
1,980ドル |
33,550ドル |
| 乳幼児死亡率(対1,000人) |
66人 |
51人 |
67人 |
24人 |
3人 |
| 5歳未満児死亡率(対1,000人) |
91人 |
77人 |
93人 |
28人 |
5人 |
| 5歳未満の中・重度低体重児の割合 |
48% |
48% |
47% |
19% |
- |
| 妊産婦死亡率(対10,000人) |
740人 |
380人 |
540人 |
44人 |
10人 |
| 男子小学校入学率(対学齢期者数) |
79% |
77% |
79% |
87% |
100% |
| 女子小学校入学率(対学齢期者数) |
66% |
78% |
73% |
84% |
100% |
| 小学校5年生への進級率(対入学者数) |
92% |
86% |
92% |
- |
100% |
| 15歳以上人口の識字率 |
42% |
40% |
57% |
96% |
- |
| うち男性人口の識字率 |
59% |
49% |
68% |
97% |
- |
| うち女性人口の識字率 |
24% |
30% |
45% |
94% |
- |
| 平均余命 |
60歳 |
61歳 |
64歳 |
69歳 |
81歳 |
| (出典:ユニセフ「世界子ども白書2004」) | |
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4月10日、制憲選挙が実施され、5月28日の制憲議会により、1768年以来240年続いたシャー王朝が幕を閉じ、連邦共和国として誕生しました。
1990年、絶対君主制から暫定的に立憲君主制へ移行しました。しかしながら封建的な土地制度は、そのままのこり、1996年、マオニスト(ネパール共産党毛沢東主義派)は、王政廃止と農地解放を目標に人民戦争を開始しました。
ネパールの政治状況が大きく変化したのは、2001年6月1日の主要な王族が大半集まる宴会の席で機関銃が乱射され、国王、皇太子を含む十名の主要な大俗が殺害される事件が起きてからのことです。
王位は国王の弟ギャネンドラに継承されました。様々な政府発表の中、国民の多くは、新国王のねつ造と考える様になり、国民の支持を失いました。
2005年、国王は、絶対君主制を導入しました。12月、議会内の7党連合と議会外のマオイストが和解し、国王の独裁にともに戦うことで合意しました。
2006年4月、7党連合、ゼネストを呼びかけ、民主化運動が高まりました。同月、国王が「直接統治断念。
11月、政府とマオイスト、無期限停戦を誓う「包括和平協定」に調印し、事実上の人民戦争は終結しました。マオイストは、この時までに国土の75%を支配下におくまでにいたりました。
2008年4月10日、政権議会選挙が実施され、選挙の結果、マオイスト220議席を獲得し第1党となり、ネパール会議派が110議席、統一共産党が103と王政廃止派の政党が多数を占め、王政支持派政党はごく少数に留まりました。
5月28日に招集された制憲議会の初会合では、正式に王制を廃止し連邦共和制への移行を宣言し、国王もこれを受け入れました。
現在、主要三党で大統領制を含む政権運営について、話し合いを進めていますが、混沌とした状態が続いています。
(情勢は刻々と変わっています。ジャイチ事務局までお問い合わせ下さい)。
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