農村地域の子どもたちが、質の高い教育を受けられることを願って、1992年に開校しました。初めは1年生1クラスのみでしたが、毎年1学年1クラスずつ増え、2003年に初めての卒業生を送り出しました。1年生から10年生まで(1年から5年が小学校、6年と7年が中学校、8年から10年が高校にあたる)、370人強の子供たちが学んでいます。地域の人たちは学校の運営に積極的に関わっており、現在、コミュニティスクールとして地域づくりの拠点となることを目的に、移管手続きを行っております。
カトマンズの南西、車で3時間半ほどのところにあります。高度は2,350メートルです。マクワンプール郡ナムタールVDC(行政村)に所在し、隣接するダマンVDCからも子供たちが通ってきます。ネパールは多民族国家です。ナムタールVDCはタマン族(山地民族。仏教徒が多い)が7割を占め、次にバフン、チェトリーというヒンドゥー教の高位カーストの部族が2割ほどいて、残りの1割は様々な民族です。
開門は8時55分。朝礼が行われ1時間目の授業は9時半から始まります。授業一コマは45分単位です。午前中に4コマあり、1時間のお昼休みを経て、午後にまた4コマあります。授業の終了は15時55分。これらは1年生から10年生まで皆一緒です。お昼休みには、持参のおやつやパンを買ったりして食べます。
時間割はといえば、1年生の一時間目は英語、二時間目は国語、三時間目は算数、四時間目はまた国語、5時間目はセロフェロ(社会と環境、ネパール語の勉強を兼ねた教科書の名前)、6時間目は筆記・美術、7時間目は算数、8時間目は体育・自習となっています。先生は教科によって変わります。
中学1年生にあたる6年生の一時間目は英語、二時間目は理科、三時間目は保健と人口、四時間目は数学、五時間目は国語、六時間目は道徳か職業訓練、七時間目は社会、8時間目は英語文法か数学(これって選択科目で二つに分かれて授業をするということ?)です。
高校3年生にあたる10年生の一時間目は数学、二時間目は理科、三時間目は英語、四時間目は国語、五時間目は社会、六時間目は農業、七時間目は選択数学か地理、八時間目は人口と環境です。
学校が集落から離れたところにあり、遠いところで片道2時間半もかけて来ている子どもがいます。幹線道路は時折カトマンズとヘタウダを往復するバスが通るのですが、あまり頼りにはなりません。
学校教育の目的として、単なる学歴社会への適応でなく、多様な人生を選択する道筋を子どもたちに示し、実現の手掛かりとなる方策をあたえる場となってほしい、と願っています。
父兄代表を中心とする学校運営調整委員会(SMCC)という組織があり、学校の運営の一部を2003年度から担い始め、2011年度には、移管完了の予定です。
行事暦
先生の紹介
レカリ・バシファント学校に通う子どもたちが、自分自身と、自分の村、そして自分の国ネパールに対して、夢を語りました。
私の村はTodke Dandaです。私の村の何人かは、文字の読み書きができないということを恥ずかしく思っています。でも、文字の読み書きができなくても、彼らはとても賢い人間です。私の村の端には森があり、ジャングルの中には多くの種類の動物が生息しています。そして、多くの種類の花々も咲いているのです。
私の村にはキャベツやじゃがいもなどの野菜を栽培していて、果実のなる木もあります。川も流れていて、水牛ややぎも村にはいます。以前、私の村の近くには軍隊の兵士が住んでいましたが、今はもう別の場所へと移ってしまいました。
近所の人たちとも仲がよく、協力して生活をしています。私の村の人たちには絶対喧嘩や争いはして欲しくないです。将来、姉妹・兄弟全員が仲良く暮らすと思います。近所の人たちの協力することで、水道を引くことができました。なので、飲み水に困ることはありません。村にはじゃがいもを買うために多くの人たちがやってきます。
私は将来偉大な人間になって国に貢献できるようになりたいです。また医者になって患者さんの世話をしてあげたいです。私の夢は強盗や殺人といった問題を取り除いて、みんなが協力して平和に暮らせるような国にすることです。また多くの木の伐採も止めさせたいです。もし、みどりがたくさん残っていれば、多くの旅行者が来て楽しむことができます。私たちはこの国で科学などたくさんの勉強をしてきた人たちのことを尊敬しています。私は大人になったら、この国のために何かしたいのです。ネパールの国のことを他の国に紹介していきたいです。
この国の一部の人たちは、お金があって裕福な人たちのことを尊敬し、お金のない貧しい人を軽蔑する傾向があります。私たちはそういったことで、人を区別するべきではないと思います。また、放火や公共の財産をぬすんだりして平和を乱してはいけないと思います。
私はもっと幼いとき、両親は私のたくさんのことを教えてきました。私はそのことを決して忘れないです。ネパールの緑はだんだんと破壊され、動物も消えつつあります。私たちは緑なしでは生きていくことができないということを、伝えていかなければならないのです。裕福な人もいれば、貧しい人たちもいますが、私たちはお互いに協力し合って生きていかなければならないのです。貧しい人でも、一生懸命働けばお金は手に入るのです。
私が大人になったら、自分のやりたいことを実現し、お金も稼げるようになりたいです。今は幼い私ですが、きっと偉大な人間になれると信じています。一生懸命勉強しないことには医者にはなれないと思うので、子どものうちから勉強はしっかりやっておきたいです。
私は将来と、自分の目的のために一生懸命勉強をしなければなりません。僕の目的は将来農家になることです。僕は良い作物を育てるために、畑で一生懸命働かなければなりません。農家ももっと勉強をして、耕作地へ出なければならないと思います。農家は絶対飽きない仕事だと思います。作物を収穫して、市場で農家はできるだけ安い価格へ売らなければなりません。私たちはその収入で暮らしていかなければならないのです。
私はこの国を汚い国にしたくありません。きれいに美しいままに保っていきたいのです。私たちはごみを周りに捨ててはいけないですし、一緒にきれいにしていく必要があります。すべての家にトイレを設置すべきです。全員がトイレで排便すべきなのです。土地を守っていくために私たちは植物を少し家から離れた場所へ植えることが必要なのではないでしょうか。
道も舗装されなければならないと感じています。私たちは水をきれいにして、水道も引いてきたいのです。すべて身の回りの場所をきれいにして、植物も守っていかなければなりません。緑豊かな場所に囲まれた村はとても美しく見えます。私もこの国のために何かをすることができるのですから。
現在この国ではテロリストが徐々に増えつつあります。なので、犯罪がだんだんと広がってきて、人々の心もすさみつつあります。私たちの国は、もしテロリストや犯罪者がいなければ、清潔で美しいまま保つことができると思います。またこの国にはきれいな雪山やお寺や湖があります。ネパールは豊富な水資源があります。また豊かな文化も数多くあります。にもかかわらず貧しい人たちがたくさんいます。ですからこの国の発展のために何かをしなければならないのです。
私は将来看護士になるという夢があります。私は自分の夢を実現させるために一生懸命勉強をして、苦労をしています。考えているだけでは何も進歩しません。私は夢をどうしてもかなえたいです。自分の成功を考えるあまり、夢を忘れるようなことは絶対にしたくありません。私は女性として、村の人たちを助け、みんなのために働きたいのです。そして、自分の夢や夢は必ず実現するものなのだということを伝えていきたいのです。もし、子供のころの夢が将来実現することになれば、それは計り知れない喜びになるでしょう。もし、私が受けたように全員が教育を受けることができれば同様に夢を実現させることができるのですから。
一つは自分の博識や、学校へ通っていることを自慢するべきではないと思います。ベストを尽くせるようにみんなで協力していきましょう。村人の全員が、協力して村を発展させていくべきだと思います。人は協力して、お互いに支えあってはたらき、村に住むことが大切だと考えています。近所の人とも手をとりあうことが必要です。でももし、平和にこの村に住むことができれば、開発が遅れるようなことは決してないと思います。もし、敵となりうる人たちとも協力するようになれば、友達になって攻撃を仕掛けてくるようなことはないと思うのですが。私たちの国はとてもきれいです。
もし誰かが病気になってしまったら、みんなで協力をして病院に運ばなければなりません。私の国ネパールはだんだんと開発が進んでいますが、私はさらなる発展を望んでいます。今この国には血の混じった川が流れていますが、たくさんの女性たちは家の中に閉じこもって泣くことも多くあります。もし誰も彼女たちのことを見てあげなければ、どうしてこの国を発展させることができるでしょうか?たくさんの人たちが、爆弾の爆発や、殺人で亡くなっています。今のネパールを理解できる人はだれもいないと思います。今私たちはこういった犯罪をなくすべきなのです。そのときこそきっと、ネパールが発展できる時なのだと確信しています。もし、ネパール人が同じほかのネパール人を殺してしまったら、いったいどのようにして、この国は発展できるのでしょうか?今私たちは全員開発のために一丸となっています。私はこの国が平和であることをずっと願っています。
みんなは歌手になることを認めてはくれません、すべての歌がヒットして、売れるとは限らないからです。ほんの一握りの歌だけが、人気がでて、人々の間に自然に国や村に浸透していくのです。そういう歌を歌った歌手は、自分の歌とともに国や社会に長い間みとめられるのです。ロックは人気を博するかもしれませんが、それはきっと一時的なものに過ぎないと思います。例えばもし、NarayanGopal “私には女の人が必要・・・”というような意味のない歌を歌っていたとしたら、おそらく、僕たちは彼の歌を今は聞いていないと思います。僕たちは今彼の歌を聞くことができずにとても残念です。たぶん、何人かの若者はそういった歌にあこがれて、聞いているかもしれませんが、それも一時のことでしょう。彼の歌唱力は不滅のものだと思います。僕はNarayan Gopalのようなすばらしい歌手になって、歌を歌いたいのです。
僕は後々僕の歌で、あたらしい世代の人たちに新しい文化を伝えていきたいのです。僕の夢は成し遂げられるのでしょうか。僕は色々なことで悩んだりすると思いますが、きっと実現させると思います。この国や村の全員に僕の歌のすばらしさに気づかせることを決意しました。
現在この国のいたるところで、革命がおきています。“平和な国ネパール”そんなことがうたわれていますが、それは言葉のみに過ぎません。人々はお互いに争い、殺し合いをしています。ですから未亡人の女性がたくさんいるのです。きっとこの国の象徴である、エベレストもこういった状況を見て、泣いているのではないでしょうか?平和な土壌は、この革命によって、戦争の土壌に変わってしまったのです。僕は自分の歌でこの状況を変えることを必ず約束します。自分の歌でこういった行為をしている人たちの目を覚まさせてみせます。僕は離れた村でも、このようにやりたいと考えています。僕は自分の個性を生かした歌を作り上げて、大観衆の前でリズムにのって歌うことが私の夢です。今の立場や思いを大切にして、私はそこまでたどり着きます。僕の歌でこの国の人たちの心を魅了したいです。次の世代の人たちが僕の歌を長い間ずっと聞き続けてくれるという自身があります。Raju Lama, Ram Krishana, Om Vikram Bista, Dhiraj Rai Kunti Muktanのような歌手になりたいです。もしかすると数年後僕の歌のレコーディングが始まるかもしれません。誰か僕の手伝いをしてくれませんか?
僕は日常を歌う、夢の中でも歌う
それは単に僕の趣味のようにも思えるが
友達との深く長い友情はどのようにしたら保てるのか
歌を通して、その気持ちを表したい
私の夢はこの国を発展させることです。場所から場所へと教育という灯火をつけることで、村や国を教育が十分になされる場所にしたいです。私たちの国は教育が十分に行き渡っていない発展途上国です。この国には開発の課題が多くある場所であります。私はこの国を未発達教育の場所から、教育が十分になされるところへと変えていきたいです。実現しても出来なくても、これが私の夢なのです。
私はカースト制度を撤廃したいです。多くの少女や女性は進歩が遅く、活動も制限されているなど、多くの場面で支配されています。私はそういったことを改善していきたいのです。私の夢は子供たち全員が権利を持つということです。私は今一生懸命勉強することで、自分の夢を構築させなければなりません。自分の未来を価値のあるものに変えていきたいのです。
私は将来医者になって、貧しく、惨めな思いをしている人たちを助けてあげたいです。私はもし出来ることなら、この国で起こっているテロを少なくても、最小限にくい止めたいです。たとえそれが出来なかったとしても、止めさせる努力はしていきたいです。
私たちの村や国は他の国々と比較して、進歩が遅いと思います。今、国の至るところで、殺人強盗、テロ事件が起こっています。大臣ですら優しい村人たちをだまして、収賄に従事しているのです。
この国の無学さや、腐敗を見て御覧なさい。
いったい誰が優しい村人に食べ物を与えてあげるのでしょうか?
いったい誰が優しい村人に食べ物を与えてあげるのでしょうか?
多くの川は血が流れ込んでいます。
いったい私たちは助かるのでしょうか?
この国の無学の人たちを教育する変わりに、この国では殺人やテロ事件が起こっているのです。今まではどうやってこの国の平和や美しさが保たれていたのでしょうか?お釈迦様の生誕の地はテロと、殺戮の地に変わってしまったのです。
国民はこういった出来事に怯え、えらい役人たちはこの悪い事件をもっと大きくするのに一役かっているのです。私たちはこの国を平和に美しくしていかなければならないのです。
私の夢はソーシャルワーカーになって、壊れた社会をまとめることです。今村人たちはトラブルに巻き込まれています。私は国民をまとめ、助言をしたり救ってあげたいと考えています。多くの人がまだ教育を受けることが出来ていないのです。そのために、子どもたちは文字の読み書きが出来ず、牧草地で牛の世話をしたり、汚い仕事もたくさんしているのです。無学なために、多くの患者が医学治療を受けられずに亡くなっています。この国の村も被害を被っています。人口の急激な増加は村、国両方に影響を与えています。こういった出来事があるにもかかわらず、ここの人たちは何もしようとせずに黙っているだけです。私は指揮をとり、未来にこの状況を変えていきたいです。
私は開発のために活動を始めました。これはソーシャルワーカーとして十分なものとは言えませんが、若い世代の人たちや、困っている人たちと協力して活動をしていきたいのです。私は自分自身のことより、未来のこの国のために一生懸命働きたいのです。この国はきっとより良くなります。私は今から一生懸命活動を行います。
人間は動物の中では地位の高い、高等な動物です。私たちの考えや、目的や、意思は毎日変わっていくのです。私たちは日々の大切さに気づきさえしなかったのです。人生の生活に目的をもっているのが人間です。人生のゴールにたどりつくために、私たちはしなければならないことがありますし、障害を持つことは平等ではありません。ですが、私は今難しい局面にいると思います。人間は何かをするべきなのです。そして、何かを得るために、何かを捨てなければなりません。夢の中で私は明日のために、よいことを学んでいる最中です。
夢について考えることは、本当にすばらしいことです。すべての夢はかなわないかもしれません。夢をかなえるために、本当に一生懸命働かなければなりません。「苦労しなければ成功はえられないのです」たとえば、日本の開発は、努力なしにはありえなかったでしょう。確かに、日本の苦心は並大抵のことではなかったと思います。私は目標にたどり着くために一生懸命努力することの大切さを学びました。
自分の心の中にはたくさんに夢路があります。いったい夢路は続いているのでしょうか?きっとそれは、終わりのない道です。おそらく、みんながしているように、これをしたり、あれをしたりということが必要なのでしょう。人生は死人のような感覚に陥ることもあります。でもそこにはわずかな希望をもてることもあるのです。夢には限りがありません。ですから誰もが夢を理解することができるのです。この村は私の夢がかなえられる場所です。「どのようにして、テロを排除して、どのように平和を取り戻すことができるのでしょう?」ネパールやネパール人はおそらく、この国を守るために何かをしなければならないのです。これば私の率直な考えです。
私はこのなかなか開発が進まないネパールで生まれた人間なのです。この村の開発は国家の開発につながるのです。そして、私の夢にも。私はこの国に生きているのです。私は借りを返すことについての心配はあります。でも希望を持っています。ほかの何者でもない夢を持っているのです。希望は人間を弱くすることもありますが、弱くなるのではなく、強くなれることが大切なのです。
今日起こっているテロ事件などは終わりを迎えさせるべきなのです。ネパール人は解決策を考え、行動をおこすべきなのです。平和は私たち自身を平和にしてくれるものです。もし、この国が裕福ならば、私たちも裕福でいられるでしょう。もし、村が繁栄すれば、国も繁栄するでしょう。そして、世界中に幸せをふりまくことでしょう。
実際の夢は神のみぞ知るですが、私たちは神様とは会うことができません。私の願いはとてもたのしいもので、だんだんと夢や思いもふくらんできています。一生懸命働くことはとても価値のあることです。以上が私の夢であり、自分の意見であり、したいことなのです。このネパールに幸あれ。
夢というのは、未来に対する思いです。人はどのような思いを抱くことができます。人はその中から人生を成功へと導く夢を一つ選び出さなければなりません。その思いは、財政的にも可能であるものでなければなりません。私は大学を卒業するまで勉強を続けたいと望んでいますが、私の財政状況ではそれは不可能です。しかし私は自学自習によってでも、それを達成すると心に決めています。
私の村は山がちの僻地に位置しています。そのため80%以上の人が教育を受けたことがなく、ほとんどすべての村人は読み書きができません。もし自分が教育をしっかりと受けられたら、発展のためのあらゆることをみなに教えるリーダーになります。集会を開き、地域や国の発展のために助けあい団結することを鼓舞します。そうなれば村は天国のようになり、他の村もそのやり方に従うでしょう。このようにして国全体も発展するでしょう。人びとは再び結びつくでしょう。平和緩衝地帯として、ネパールはさらに平和になっていくでしょう。このような目的のためにあらゆる組織、政治家、政府に協力を呼びかけたいと思っています。
(翻訳:マン・バハドゥール・シュレスタ、大森みゆ紀、鎌田陽司)
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▲バシファント学校全景
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▲学校完成式全員集合
農村地域の子どもたちが、質の高い教育を受けられることを願って、2005年5月、小学校と幼稚園が一体となったカカニ・ブライダー学校を開校しました。立地するカカニ地区は、農業開発事業により広まったイチゴ栽培による現金収入があるので、授業料徴収を前提に計画を進め、早期の段階での自立を目指します。
教育は、その中身がとても大事です。ネパールでは、進級のためにも試験があります。そのため詰め込み式の教育が中心になってきます。ジャイチでは、独自の教育のあり方を模索中です。 ジャイチが大事にしたいと思っているのは、体験の中から学ぶ教育、表面的な優秀さではなく、知情意の根っこを育てる教育です。 またそのために、小学校だけでなく幼稚園も付設することになりました。集中力など、人間としての基礎力は、幼児において形成されるからです。 根っこを育てる教育をモットーに一貫させていきたいと考えています。
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▲カカニ・ブライダー学校